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2014年4月22日 (火)

第4話 志摩家の人々(四)

 啓子は、うなづいてみせた。石渡ぎんの口から、さあ、どんな不平が飛び出すかと思うと、ひどく好奇心さえ湧いて来て、促すように歩をゆるめた。

「改まって人の悪口を言うのはむずかしいな。」

 と、しばらく考えるように首を傾げていたが、やがて、

「あたしが……看護婦のあたしが言うんだと思わないで聴いてほしいわ」

「だって、それや無理よ。じゃ、誰が言うと思って聴くの?」

「あなたの旧いお友達……」

 ぎんは、わざと澄まして、胸を張った。

 もう電車道はすぐそこである。話はいつまで続くかわからない。啓子は、別にこれからどうしようという当てがあるわけではないが、こんなところで立話もできまいと思うと、少し困った。

「あら、もう来ちやったわ。遅れると大変大変……。じゃそのお話は、またこのつぎね。明日は包帯交換にいらっしゃるわね」

 そう言ったと思うと、ぎんは、片手を差出して軽く振り、裾をひるがえしながら、走り去った。

 この旧友は、かつての学生時代の、あのむっつりしたところがまるでなくなっている。人なかで揉まれ抜いたというところが見える。それにしても、彼女は病院のことで何をこの自分に言いたかったのか、それをすっかり聴かずにしまったのはなんとしても惜しかった。普段はまるで自分の生活とは縁のないもののように思っていた病院のことが、こうなると妙に気になりだした。

 父がもう一年近く病気で鎌倉山の別荘に引込んだきりでいること本郷の家には兄夫婦がいるのだがこの兄は、医者とは名ばかりで、めったに病院へも顔を出さず、競馬やゴルフに凝っていること、それらを思い合わせると、日頃、無頓着な啓子の眼にも、志摩病院の将来という問題が大きく映って来た。

 彼女は空車を呼びとめて新橋駅へ走らせた。両親の顔が急に見たくなったのである。まだ女学校の専攻科へ通っている関係で、土曜の晩以外は本宅の方へ寝泊りをしているのだけれど、どうかすると今日みたいに、ふっと別荘の方へ足が向くのである。

 藤沢までの列車が、いつもよりのろく感じられた。

 母の顔がもう眼にうかぶ。この指の包帯をみたらなんというだろう?

 女学校の同級のうちで、一番早くお嫁に行った友達が、もう赤ん坊を産んだ。お祝いに手製のベビイ服をやろうと思って……こんな風に話して行くうちに、母の表情がどう変って行くか、これはちょっと楽しみだ。

 

(初出:「東京朝日新聞」, 1938年4月22日, 朝刊 岸田國士『暖流』)
※このページでは、読者の便宜をはかり、現代かな遣いに改訂しています。
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