ブログ管理人

  • 坂本葵 | Aoi SAKAMOTO

管理人のリンク

Amazon

« 2013年4月 | トップページ | 2014年4月 »

2013年5月

2013年5月21日 (火)

【原文】第33話 宣告(一)

 債権者は、取引のある一二の銀行と泰英の乾分關係を除いて徐々に強硬な態度を示しはじめた。もはや、萬事を日疋との交渉に俟たなければならぬと知り、彼らは、あらゆる手段に訴えて、急速な債務の履行を迫つて來た。

 もちろん、そのひとつを打ち棄てゝおいても、事態は容易ならぬ方向に轉廻して行くであらう。第一に、内情の表面化を恐れねばならぬ。信用のあるうちに片づけるといふのが、この道の原則だからである。が、志摩博士の經濟的信用なるものは、世間一般からはともかく、金融方面では、まつたく地に墜ちてゐることがわかつた。

 日疋は、更に博士の英斷を乞い、一挙に不動産の大部を手放して、根本的な整理、つまり生活の最大限度縮小を實行することにした。

 先づ現在使用してゐる鎌倉山の別荘を除いて、他の別荘、家作、農園、その他思惑で買つたそこ此處の土地全部の處理、本郷の邸宅は、これも適當な買ひ手がつき次第賣り拂ふこと、年々きまつて出してゐる諸種の團軆及び個人への寄附金の停止、自家用自動車二台の全廃、病院以外の傭人の大半解雇、等々から手をつけねばならぬ。

 彼は、今朝から本宅の應接間に陣取り、泰彦夫婦に對して、事ここに至つた經緯を詳しく話して聞かせ、さて、最後にかう結んだ。

「志摩一家の危急を救ふために、また老先生の御心痛を輕くするために、もはや、これよりほかに方法はないと思ひます。病院も時機をみて、株式か財團組織にするつもりです。で、この方から、院長とあなたのとこには相當の俸給を差上げることにし、さうなれば、一段落、整理がつくわけです。現在の豫算で、もう既にお馴れになつたことゝ思ひますが、今度は大分思ひきつた削減ですから、よほど覺悟をしていたゞかないと……」

 それまで、うんともすんとも云はず、ぢつと彼の方をにらみつけてゐた泰彦と妻の三喜枝は、この時、同時に口を開いた。

「整理々々つて君は云ふけども、いつたい、僕らの軆面つていふもんはどうなるのかねえ」

「さう簡単に考へて下すつちや困るわ。もう少し目立たない方法がありやしないこと? 誰か有力な人に相談してごらんになつた?」

 泰彦は、そこで急に起ち上つて部屋の中を歩きだした。と、日疋は、そつちへは目もくれず三喜枝の今の言葉に應へて、

「有力な人つていひますと?」

「例へば財閥關係なんかでよ、お父さまのお名前で、少しぐらゐの無理は聴いてくれさうな人が……」

「あると思つてゐました。僕も……。ところが、ないですね、實際は。一と口、十五萬といふ大金を信用で貸してくれてゐる人物がゐますがね。これが、先生を見損つたと言つてるんですから……」

「實家(さと)の父に話してみようか知ら……」

「お話いたしました、もう……。子爵閣下は……苦笑なさいました」

 三喜枝の父は、泰英に若干の恩借があることを、その時日疋に告白したのである。

 

(初出:「東京朝日新聞」, 1938年5月21日, 朝刊 岸田國士『暖流』)
※このページでは、原文通り、旧かな遣い・旧漢字で表記しています。
 詳細はこちら

 
 

2013年5月20日 (月)

【原文】第32話 青葉若葉(十)

 石渡ぎんは、日疋の力を籠めて云ふ「わかつたかい」に、はつきり、「えゝ」と答へたかつたのだが、唇がひとりでにふるへて、どうしても聲が出ない。たゞ、大きくうなづいたものであつた。

 やがて、すしが運ばれ、二人は箸を取り上げたが、日疋は相手におかまひなく、瞬くうちに一皿を平げて、あとは悠々と彼女の食べつぷりを見物してゐた。

「随分お早いのね」

 彼女はやつと三つ目を食べ終つたとこだから、これにはあきれた。

「あゝ、僕は、飯は早いよ。腹へ入れさへすればいゝんだから……」

 ぢろゝ見られてゐるのはいやだが、このひとの前で氣取りは無用だと思ふと、やつと箸の運びも活潑になつた。

「それで、どうだい、早速訊くがね、醫者仲間の対立關係といふか、まあ、各部のにらみ合ひだな、それがあることは聞いてるんだが、君たちの氣がついてることで、直接僕の参考になるやうなことはないかね?」

 日疋は、切り出した。

「さあ、さういふことで、なにかあるつてことはわかりますけど、例をあげるとなると……。でも、あたくしたちの眼には、先生がたで仲のいゝ方なんてないと思ひますわ。うはべでは調子を合はせてらしつても、蔭ではきつとお互に輕蔑してらつしやるやうに見えますわ。現に、外科の方では部長先生以外の先生方は、レントゲンを取るのに、わざわざ患者さんをよその病院へおまはしになるんですもの。――うちのレントゲンは駄目です、なんて、公然とおつしやつてますわ」

「駄目なのかね、ほんとに……?」

 日疋は、意外な顔をした。

「あたくしたちにはよくわかりませんけど、やつぱり感情問題ぢやないかと思ひますわ。そばで伺つてゝ、いやあな氣がいたしますもの」

「そりやさうだらう。部長はそれでも、そこは心得てゐるんだね」

「えゝ、部長先生は、とても、病院のためを考へてらつしやいますわ。その點では、ほかの先生がたは随分無責任なんぢやないかと思ふんですの。ぐつと若い先生がたは、こりや別ですけれど……。ご自分の研究が主ですし、俸給だつていくらもお取りにならないし……」

「おい、おい、そんなことまで君たちは知つてるのかい?」

「たいがい見當がつきますわ、そりや……」

「笹島君が院長のお嬢さんをねらつてるつていふのは、ほんとかい……」

 突然そんなことを云ひだした日疋の顔を、ぎんは不思議さうに見直した。

「誰からお聞きになりましたの?」

「誰でもいゝよ。笹島君つていふのはどんな人だい? 君たちの受けはいゝの?」

 さういふ噂の出どころについて、ぎんはまつたく見當がつかなかつた。たゞ啓子の指の傷を最初に診て簡単な手當をし、隔日の捲替にちよいちよい顔をみせて、二言三言口を利いてゐる様子では、別にこれと云つて變なところはない。

 笹島醫學士は、看護婦仲間の鼻つまみであつた。高慢でキザだといふ定評なのである。

 が、ぎんの頭のなかを、いま渦巻いてゐるひとつの幻影は、この間自殺した堤ひで子と、彼笹島との、自分以外には誰も知らない關係であつた。

 咄嗟に、ある激しい感情に襲われた彼女も、しかし、そのことだけはまだ日疋の耳に入れるのは早いと氣がついた。

 

(初出:「東京朝日新聞」, 1938年5月20日, 朝刊 岸田國士『暖流』)
※このページでは、原文通り、旧かな遣い・旧漢字で表記しています。
 詳細はこちら

 
 

2013年5月19日 (日)

【原文】第31話 青葉若葉(九)

 横濱を通る頃には、ぎんはもうすつかり啓子のことは忘れてゐた。

 それにしても、何時かのことがあつて以來、はじめてかうして口を利くのに、日疋が、病院のことをちつとも云ひ出さないのはどういふわけであらう。あの時、いろんなことを訊かれたけれども、個人の問題に觸れるやうなことは、なんとしても返事をする氣にならなかつた。それが、今なら、どんなことでも、進んで答えられるのに――さう思ふと、彼女は、少し寂しかつた。

 ところが、いよいよ新橋へ來ると、日疋は、いきなり起ちあがつて、ぎんに云つた。

「君に少し訊きたいことがあるんだが、差支なかつたら僕の家まで來てくれないか? そのへんで食事をしてもいゝんだけど、人の目がうるさいからね」

「えゝ、よろしうございますわ」

 彼女は、胸ををどらせながら、一緒に席を起つた。

 タクシイで何處をどう通ったか覺えてはゐない。

 降ろされたところは、暗い路地の中であつた。が、標札に日疋とあつたことだけはたしかである。

「たゞ今……。お客さんを連れて來ましたよ」

 彼のあとについて二階へあがつた。

 入れ違ひに、女がひとり、階段を降りて行つた。――奥さんか知ら、と、振り返つてみたが、もうその姿は見えなかつた。

 彼女は、急に不安な氣持になりあたりを眺めまはした。別に立派なといふほどの座敷ではなかつた。細かく氣をつけると、寧ろさむざむとしたもの、間に合せの住ゐといふ感じが、建具や装飾品のどれにもみえた。

――主事さんなんて、そんなに月給をもらつてないのか知ら?

 すぐにこんな考へが浮んだ。

「さあ、もつと眞ん中へ坐りたまへ。腹が空いたらう。いますしでも取るから」

 そこへ、さつきの婦人が茶を運んで來た。紹介されて、それが彼の嫂だとわかると、また彼女はどぎまぎした。が、今度は、すぐに平静をとり戻し、隣の部屋で日疋が洋服を脱いでゐるらしい物音に耳をすました。

 和服に着替へて出て來た彼は、まるで別人のやうに若く見えた。すると、その調子まで書生つぽのやうな氣軽さで、

「そんなに固くなるのよせよ。今日は友達として話すよ。君もさうしてくれ。もうだいぶん仲善しになつたからな」

 その言葉を言葉どほりに受けとることは容易であつた。彼女はちよつと膝を崩す眞似をし、片手を畳について、指で代る代る拍子をとつてゐた。

「僕はね、君を見込んで、今日は、ひとつ、重大な役目を仰せつけるよ。いゝかい、よく聴きたまへ。これはむろん、誰にも秘密だ。二人の命にかけてその秘密は守らなくつちやいかん。君は、今後、僕の腹心になつた働いてもらひたいんだ。腹心つて、なにかわかるかい? 心を許せる味方だ。といふ意味が、僕の仕事はだね、これやなかなかむづかしい仕事で、場合によつては誰彼を敵に廻さなけりやならんのだ。それが敵とわかれば、文句はない。一刀兩斷さ。しかし、そいつがうつかりするとわからんのだよ。今、あの病院は、君の云ふとおり、乱脈さ。大手術が必要だ。一日遅れゝば一日黴菌がはびこるといふ状態だ。むづかしいことは云はない。君はたゞ、君の接してゐる範囲内でこいつは病院のためにならんと思ふ人間の名前を、そつと僕の耳に入れてくれゝばいゝんだ。わかつたかい?」

 

(初出:「東京朝日新聞」, 1938年5月19日, 朝刊 岸田國士『暖流』)
※このページでは、原文通り、旧かな遣い・旧漢字で表記しています。
 詳細はこちら

 
 

2013年5月18日 (土)

【原文】第30話 青葉若葉(八)

 石渡ぎんは、ひとりで江の島の海岸をぶらつき、五時きつかりに大船驛へ戻って來た。なるほど景色はいゝにはいゝが、感嘆の叫びをあげるには連れのゐないことが物足りなく、時々ハツとわれにかへると、こんなことをしてゐていゝのかという風にわけもなく氣がとがめた。

 廣くもない待合室のあちこちへ急いで眼を配つてみたが啓子らしい姿はみえない。

 十分、十五分と、遠慮なく時間がたつた。

 時間がたつにつれて、啓子と自分との間に妙な距りが感じられた。

 彼女は、無我夢中で切符を買ひ、丁度そこへ着いた上り列車へ飛び込んだ。

 と、すぐ眼の前で夕刊を讀んでゐた男が、前の席へのせてゐる足をおろして、

「なんだ、君か、まあ掛けたまへ」

 帽子をかぶつてゐるので、すぐにはわからなかつたが、彼女は、それが日疋祐三だと氣がついて、思はず、

「あらッ」

 と、大きな聲を出した。

「はゝゝそんなに驚くことはないさ。今日は休み?」

「はあ」

 やつとさう返事をしたゞけで、彼女は、もう顔をあげてゐられないほど眞つ赤になつた。

「そこ、空いてるんだよ。誰かと一緒なの?」

 日疋は更に訊ねた。

「いゝえ。……」

 口のなかで云つて、彼女はそつと彼の前へ腰をおろした。

 下手に羞んでゐるやうに思はれるのはいやだが、どうすることもできない。しかし、それも瞬間のことで、だんだん落ちつきを取りかへすと、彼女らしい機轉で、まづ顔をぐいとあげ、目立つほどの溜息といつしよに、自分で自分を可笑しがるやうに笑ひだした。

 日疋もつりこまれて、しぶしぶ相好をくづし、

「なにが可笑しいんだ? こつちに家でもあるの?」

 と、急に、眞顔になつた彼女はそれこそ行儀のいゝ小學生のやうな物腰で、

「いゝえ。あたくしの家なんて、病院の寄宿舎以外にございませんわ」

「ふむ、さういふひともゐるんだね」

 彼は、感心したやうに首をふつた。が、その、ぶしつけな視線を避けようともせず、彼女は、上目使ひに、相手の表情からなにか打ち融けたものを讀みとらうとしてゐた。

「先生はどちらへいらつしやいましたの?」

 やつと、それだけのことが云へるやうになつた。

「僕? いや、ちよつと清水のそばまで用事があつてね。昼すぎに院長の別荘を出て、一時何分からの下りだ。忙しい旅行さ」

「まあ、ほんとに……あたくしたち、二時ちよつと前に大船へ着きましたの。入れ違ひでしたわね」

「へえ、君も鎌倉山かい?」

「いゝえ、あたくしは江の島見物……院長先生のお嬢さまと途中までご一緒でしたわ」

「ふうん……啓子さんね」

 その話はそれきりであつた。

 やがて、日疋は、農園から土産に貰つて來たといふ苺の箱をあけ自分がまづひとつ口へはふり込みぎんにも薦めた。

「うまいだらう」

 催促をされて、彼女は、たゞ、眼を細くした。雄弁な味ひ方だと彼は思つた。

 

(初出:「東京朝日新聞」, 1938年5月18日, 朝刊 岸田國士『暖流』)
※このページでは、原文通り、旧かな遣い・旧漢字で表記しています。
 詳細はこちら

 
 

2013年5月17日 (金)

【原文】第29話 青葉若葉(七)

 玄關をあがると、女中頭のしまが、

「おや、お嬢さま、ちやうどよろしいところへ……旦那さまがついさきほどから急に……」

「えッ? おわるいの?」

 と、啓子は、奥へ駆け込んだ。

 父の泰英はなるほど寢台(ベッド)の上に横になつてゐたが、傍の母とあたり前に口を利き、啓子がはいつて行くと、

「どうしたんだ。今日は來ない筈ぢやなかつたのか」

 さう云ひながら、眼じりに皺をよせて、思つたほどの容體でもないらしかつた。

「いかゞ? しまやがおどかすもんだから、びつくりしたわ。お熱がおありになるの?」

 啓子は、それでも、なるたけ静かに話しかけた。

「もうなんでもないよ。かうしてるとをさまるんだ」

「お晝前に日疋さんが來てね、お晝を一緒に召しあがつたの。ついさつき、日疋さんが歸ると、すぐよ、あゝ疲れたつておつしやるから、あたしが寢台(ベッド)へお連れしようとしたら、その場で召しあがつたものをもどしておしまひになつたの。お苦しさうでね、あたし、どうしようかと思つた。ご自分ぢや、それほどでもないつておつしやるんだけど……」

 母の瀧子は、應援が來たのでほつとしたらしく、ひとりでまくしたてた。

「もう、よろしい、そんな話はせんでも、……しばらく眠らしてくれ」

 やがて鼾が聞こえだした。二人は次の部屋へ引きさがつた。そこは父の書斎と客間とを兼ねた廣い部屋で、テラスから庭へ降りられるやうになつてゐる。

「どういふんだらうね、一度ちやんと誰かに診察しておもらひになるの、おいやか知ら……あたしのみるところぢや、ただの胃腸ぐらゐぢやないと思ふね」

「お母さまが氣をつけてらしつて詳しい容體を金谷さんかなんかに話してごらんになつたら?」

「それは、云はれなくつてもしてるんですよ。あの先生も頼りない先生でね。からだをさはつてみなければなんとも云へないつておつしやるんだもの……」

「お父さまは、どうしてそんなに意地をお張りになるの。家族のものが心配するつてことぐらゐおわかりにならないか知ら……」

「二たこと目には、――わしは醫者だぞ、しかも、わしより見たてのうまい醫者がゐると思ふか、かうなんだから……」

「そこを、お母さまのお口で、なんとか説き伏せなくつちや駄目ぢやないの」

「あら、そんなら、あんたやつてごらんよ」

 こんな風な話は、今にはじまつたことではなく、おまけに、こいつは切りがないのである。

「とにかく、日疋さんが來なさるのはいゝけど、お話がやゝこしいとみえて、いつもあとで大義さうなご様子なんだらう。あたしも氣が氣ぢやなくつてね。もう家の財産なんかどうなつてもいゝから、しばらくお父さまをそつとしといてあげたいよ」

 滅入るやうに黙りこんでしまつた母を、啓子はどう慰めていゝかわからない。

 二三度、父の様子を見に行き、庭へ降りて、芝生の一隅から水平線を眺め、ふと氣がついた時は、もう時計の針が五時を過ぎてゐた。

「あ、しまつたッ」

 啓子は、ぎんとの約束をすつかり忘れてゐたのである。

 

(初出:「東京朝日新聞」, 1938年5月17日, 朝刊 岸田國士『暖流』)
※このページでは、原文通り、旧かな遣い・旧漢字で表記しています。
 詳細はこちら

 
 

2013年5月16日 (木)

【原文】第28話 青葉若葉(六)

 スパイといふ言葉に、啓子は、ちよつと眼をみはつたが、石渡ぎんは、急に調子をかへて、

「きれいね、お庭が……。鎌倉の方へは時々いらつしやるの?」

 と云つた。

「えゝ、土曜から日曜へかけて大概行くわ。昨日は、でも、先生のお宅で集まりがあつて夜おそくなつちやつたもんで……。丁度よかつたわ」

「あちらではお待ちになつてらつしるんでせう?」

「うゝん、電話かけといたから、大丈夫。それに、近頃は、臨時にちよいちよい顔を出すから……」

「院長先生のご病氣はどんな風か知ら?」

 誰云ふとなく、病院では、院長先生は胃癌だといふ評判がたつてゐたが、石渡ぎんはそれをたしかめる勇氣はどうしてもなかつた。

「わりに元氣よ。ずつと寢てゐられないくらゐですもの。たゞ、目に見えてよくならないのが、ぢれつたいわ。自分がお醫者だと、からだより病氣の方を大事がるみたいなところがあつて……」

 啓子は、ほんとにさう思ってゐた。が、それを洒落ととつて、ぎんは、にらむ眞似をした。

やがて晝になつた。歸るといふのを無理に引止めて一緒に食事をした。

 それから、二階のホールでレコードをかけて聴かせ、讀みたいといふ本を出して來てやり、バルコニイへ椅子を並べて、めいめいに讀みはじめた。

 石渡ぎんは、しかし落ちつかぬ様子であつた。

 場所に馴れないせゐもあらう。が、それよりも、彼女の心がもうこゝにないのである。

「志摩さん、どつかへ行かない? 少し歩いてみない?」

 一時間もたゝないうちに、彼女は、書物をテーブルの上へ伏せた。

「さうしてもいゝわ。どこ、行くとすれば……? 銀座?」

「どこだつていゝのよ。できるだけ遠くへ行つてみたいわ。今夜帰れさへすれば……」

 啓子は、この提議に應じて勢ひよく起ち上がつた。

「ちよつと待つてね、支度して來るから……」

 二人は東京驛から横須賀行へ乗つた。三等車は相當込んでゐたけれども、二人の席は樂にとれた。

「胸がどきどきするわ、かうして、旅行するんだと思ふと……」

 ぎんは子供のやうに眼を輝かし、かはるがはる左右の窓を見た。

「あら、これが旅行? 大船までぢや可哀さうね」

「そんなことないわ。大船なんてあたしたちには思ひつかないわ。歸りに時間をきめといて、驛でお會いすればいゝわね」

「どうしても寄らないつておつしやるなら、それでもいゝわ。あたしは、ちよつと家をのぞいて來ればいゝんだから……」

「でも、折角……」

「いゝのよ、いゝのよ……。明日學校があるから晩はどうせ泊まれないんだし、歸りは銀座でランチでもたべませう」

 それで、大船へ着くと、五時まで自由行動をとることにし、啓子は、途中でバスを降りた。

 

(初出:「東京朝日新聞」, 1938年5月16日, 朝刊 岸田國士『暖流』)
※このページでは、原文通り、旧かな遣い・旧漢字で表記しています。
 詳細はこちら

 
 

2013年5月15日 (水)

【原文】第27話 青葉若葉(五)

 日疋にお説教をされたことが、まんざらでもないやうなところを、石渡ぎんは、そのうつとりとした眼つきにみせて、啓子を唖然とさせた。

「で、あたしに相談つて、どんなこと?」

 啓子は、チヨコレートの銀紙をむきながら浮き浮きと訊ねた。

「ご相談つていふと大袈裟だけど、いつか病院のことでいろいろお話したいことがあるつて言つたわね。なんかの序に、院長先生のお耳に入れておいていただかうと思つてなの。それが、ほら、今度、主事さんつて方が病院のことを一切お引受けになつたんでせう。だから、うるさい問題をご病氣の院長先生にいち〱お聞かせすることはないと思ふわ」

「あゝ、さう……ぢや、あなたから直接、主事の日疋さんにおつしやつて下さるつてわけね」

「うゝん、ところが、あたしの口からは、そんなこと云へないのよ」

「あら、どうして……? さつき、なんでも平氣で云へるつておつしやつたぢやないの」

「そりや、云はうと思へば云へるわ。だけど、事柄が事柄でせう、變に取られるといやだから……。まるでお世辞つかつてるみたいで……」

「病院のためになることなんでせう。堂々とおつしやればいゝぢやないの」

「えゝ、人の名前を出さなくつてもよけりやね……。どうせ、そこまで喋らないと氣がすまないんですもの。あたしの身分つてことを考へると、少し、出しや張りすぎるやうに思つて……」

「さうか知ら……。なんなら、兄とお會はせしてもいゝわ。兄の知らないことだつてあるんでせうから……」

「駄目よ、そりや……。若先生はあたしたち看護婦のためにいろんなことして下さるんだけど、妙にピントが外れてるのよ。おまけに……。あ、よさう、早速悪口になつちやつた……」

「なによ、ちやんとおつしやいよ。あたしが聞いて悪いこと?」

「あんまりよくもないな。云つちまはうか知ら……。これだけは絶対秘密よ、実は、かういふ噂があるのよ、若先生と皮膚科の都留先生との間に黙契があつて、あの病院を都留先生一派で乗り取らうとしてるんだつて……。今、内科が振はないでせう。だもんだから、誰か顧問に大家を一人連れて來ようつていふことになつたらしい。院長先生はそれに反對なすつてらつしやるんですつてね。ところが、都留先生には意中の人物が一人あるのよ。誰だとお思ひになる? 遠山博士……ご存じでせう? 都留先生の伯父さんに當る方……。大きな看板だわ、こりや……」

 かういふ事情に通じてゐることは、いくぶん彼女らの誇りででもあるやうに、石渡ぎんは、そのくびれた頤をつきだして、いつ時相手の返事を待つた。

「あたしにはさういふことさつぱりわからないけど……それがどんな結果になるつていふの?」

 この頼りない反應に、ぎんはちよつと焦れるやうなかたちで

「ごめんなさい。あなたにこんなことお聞かせしてもしやうがないわ。どら、思ひきつて、あたし、スパイにならうかな……」

 

(初出:「東京朝日新聞」, 1938年5月15日, 朝刊 岸田國士『暖流』)
※このページでは、原文通り、旧かな遣い・旧漢字で表記しています。
 詳細はこちら

 
 

2013年5月14日 (火)

【原文】第26話 青葉若葉(四)

「學校時代にたつた一度、お宅へ伺つたことあるわ、多勢で……」

 石渡ぎんは、あたりを見廻すやうにして云つた。

「お節句だつたわね」

「いゝえ、お兄さまがおうつしになつた十六ミリを見せていたゞきによ。みんなが行くつていふから、あたしも何の氣なしについて來たの。そしたら……」

「そしたらどうしたんだつけ?」

「お家があんまり大きいんでびつくりしちやつたの。それと、お母さまがやさしいお母さまで、あたし、なんだか歸りたくなくなつたこと覺えてるわ」

「ほんと、さう云えば、あなた、あの頃からお兩親がおありにならなかつたわね」

「兩親も同胞もないのは、あたしきりだつたわ。でも、今のやうな仕事には、その方がいゝんだつて氣がするのよ。結局、自分つてものを考へちやゐられないんですもの……」

 さういふことを、サバサバとした口調で、なんの誇張もなく云ふ、それが啓子には氣持がよかつた。

 八畳の日本間に、机椅子をおいて、本箱を飾つて、簡素ながら女學生の書斎といふ趣がたゞ色彩のなかに示されてゐるだけであつた。開け放された縁の障子に、ぽたりとインキの汚點(しみ)がついてゐる。

「こないだのお話、あれつきりになつちやつて……。どう、今度來た主事つてひとは? あたしはまるで知らないつて云つていゝんだけど、評判わるかない?」

 啓子は、共通の話題を探さなければならぬ。

「實はね、そのこともあるんだけど、あなたに御相談があつて來たのよ。病院のなかは、いま大變だと思ふわ。あの方がいらしつたのはそのためだらうとは思ふけど、下手をすると却つて始末のつかないものになりさうよ。主事さんて方、あたしは立派な方だと思ふの。院長先生は、やつぱりあゝいふ人物に目をおつけになるんだなと感心したわ。でも、ほかの人から見るとどうか知ら……? 看護婦たちは、まあいゝのよ。先生方のうけが少しどうかと思ふわ。殊に、外科のある先生が大きな聲で悪口を云つてらつしたのを、あたし聞いたから……」

「ちよつとお醫者さんとは合ひさうもないわね。ガツチリ屋なんですつて?」

「さう見えるわね。でも、話のとてもよくわかる方だと思ふわ。あたし、ちよつとお話しただけだけど、理屈さへ通れば、この人の前で何を云つても平氣だつて氣がしたわ。そんな風に頼もしいところがあるの……」

 さう云つて石渡ぎんは、心もち頬を染めたのを啓子は見逃さなかつた。

「へえ、フアンもあるわけね」

 啓子は、すかさず冷やかした。

 が、ぎんは案外平氣で、

「こないだ、堤つていふ看護婦が自殺したの、ご存じ?」

「えゝ、聞いたわ。新聞にも出てたつて……」

「あたしの親友なのよ、それが……。動機はもちろん単純なもんぢやないわ。婦長に叱られてなんて新聞に書いてあつたけど、やつぱり戀愛の悩みからだつてことは、あたしにはわかつてるの。うん、まあ、それやどうでもいゝけど、その事件で、主事さんのところへ、あたし出かけてつて談判したのよ。さんざん、逆にお説教されちやつた」

 

(初出:「東京朝日新聞」, 1938年5月14日, 朝刊 岸田國士『暖流』)
※このページでは、原文通り、旧かな遣い・旧漢字で表記しています。
 詳細はこちら

 
 

2013年5月13日 (月)

【原文】第25話 青葉若葉(三)

  かうして、この二人は、どんなことがあつても正面からぶつかるといふことはないのである。それも、どつちが相手をすかすといふわけではなく、お互の性格、氣質の特別な組合わせが、自然に相犯さざる關係を作つてゐるらしく、それだけに、親しいのか、他人行儀なのかわからないやうなところもある。

 三喜枝の、例によつて羽目をはづす癖を、啓子はそれほど苦々しくは思はず、却て、それはそれで面白いといふ風に眺めてゐた。

 と、そこへ、啓子にと云つて電話がかゝつて來た。

「あたしぢやないの?」

 と、三喜枝は念を押して、つまらなさうに口を尖らした。それへ、女中は、

「よくお聲が聞こえませんのですが、女の方で、イシワタとかニシワタとかおつしやいましたやうでございます」

「イシワタなんてひと、知らない、あたしは……。誰よ、啓ちやん」

「あゝ、わかつた……石渡(いしわたり)ぎんさん……。あとでお話するわ」

 と、啓子はホールを抜けて階段を駈け降りた。

 電話口で、

「もし、もし、あたし啓子……。しばらく……ぢやなかつた、昨日は、失禮……。えゝ、なんともないわ。繃帯、もうとつてもいゝんだけど、でも、指の色が變になつちやつたから、どうしようかと思つて……。あら、さう、いゝわねえ……。うゝん、家にゐるわ。……うん、それでもいゝけど、なんなら、すぐいらつしやいよ。……いやだわ、そんな……大丈夫よ、だあれもゐないから……。ぢや、お待ちしてるわ」

 三喜枝は、石渡ぎんが何物であるかを知つて、

「へえ、そんなひとがあの病院にゐたの。でも、よく遊びに來る氣になつたわ」

「どうして?」

「どうしてつて、今の身分でさ。大概遠慮しさうなもんだわ」

「だつて、あたしが遊びにいらつしやいつて云つたんですもの。それに……」

 と、云ひかけて、啓子は、この嫂にこれ以上のことを喋る必要はないと氣がついた。

 いつか病院の歸りがけに、電車道まで送つて來ながら石渡ぎんが話しかけた話を、さう云えばその後つゞけて聴く折がなかつた。一日おきに病院では顔を合わせてゐながら、向うもちやうど忙しいらしく、こつちもつい、話を引出す便宜がないやうなわけで、そのまゝになつてゐたのを、多分、彼女はもう待ちきれずに、今日やつて來るのであらうと、啓子はとつくに察してゐた。

 で、ぎんが來ると、早速、自分の居間へ通して、

「ようこそ……。さ、ゆつくりなすつてちやうだい。やつぱり、さうしてらつしやると昔の通りね。白い服も立派だけど、その方がお話がし易いわ」

 と、彼女は、舊友石渡ぎんのキリゝと結んだ帯へやはらかに微笑みかけた。

 

(初出:「東京朝日新聞」, 1938年5月13日, 朝刊 岸田國士『暖流』)
※このページでは、原文通り、旧かな遣い・旧漢字で表記しています。
 詳細はこちら

 
 

2013年5月12日 (日)

【原文】第24話 青葉若葉(二)

――あなたと一緒にゐれば誰も退屈はしない、といふ意味は……? むろん、嫂の言葉に皮肉が含まれてゐる筈はなく、啓子は、それをまた皮肉と取るやうな風をする女でもなかつた。至極あつさりと受け流して涼しい顔をしてゐられる得な性分であつた。

「ねえ、啓ちやん、それよりね、あなた近頃病院へ行つて、あの日疋つていふ男に會はなかつた?」

 手摺へもたれたまゝ、三喜枝は、彼女の方へからだをねぢ曲げた。

「會つたわ。どうして?」

「昨日あなたの留守に家へ來たのよ」

「さうですつてね」

「あらもう聞いたの?」

「君やがさう云つたわ。あの方は一體どういふ方でございますかつて、さも不思議さうに訊くから、あたし、をかしくつて……」

「だつて、変つてるぢやないの。ちよつと家へ出入する人んなかで類がないわ。恰好が第一、運動選手の親分みたいでさ。横柄かと思ふと、いやに慇懃なとこもあつて、こつちは面喰ふわ。面喰ひもしないけど、取扱ひに不便だわ。兄さまから伺つてたから、まあ、見當はついてたけど。……お父さまも、また、なんだつて、あんな男に家のことをお委せになつたんでせう」

「それだけの腕があるとお思ひになつたんだわ、きつと……。わかりやしないけど……」

「ねえ、わかりやしないわよ。てんで、あたしたちの生活なんていふもんに理解がなささうよ。どんな風に切り廻すにしても、それを心得てゝくれなけりや、他所とのお交際(つきあひ)ができなくなるぢやないの」

「でも、あの人、そんなことまで干渉するか知ら?」

「まあ、呑氣なこと云つてるわ。あたしたちの生活費は、これからいくらいくらつてきめられちやつたのよ」

「せんからきまつてたんぢやないの?」

「大體はね、でも、要るだけのものはどつか知らからはひつて來たけど、今月からは、豫算を超過したら翌月分から差引くつていふわけなの。まるで、安サラリイマンの暮らしよ。その代り、支拂萬端のことは、あの人が直接やつてくれるんですつて……」

「呑氣でいゝぢやないの」

「兄さまはかう云つてらつしやるわ――なに、どしどし買ふものは買ひ込んで、あいつに拂はしてやれ。拂へなくなつたつてこつちの責任ぢやないつて……」

「それも一案ね。でも、あとで困るのはやつぱりこつちなんでせう?」

「現金で買はなけりやならないものが、ちよつとね、それだけが不便よ」

「あたしは、まあ、そんなに不便はないけど……」

「いゝわね、鎌倉山へ行けば、さあさあ持つておいで、だから……。少し、こつちへ廻しなさいよ」

「えゝ、いくらでも……」

と、啓子は、眞顔で云つた。それが可笑しいと云つて、三喜枝は、キヤツキヤツと笑つた。

 植込のつゝじの肉色に咲き亂れたなかを、どこかの猫が一匹、忍び足で逃げて行つた。

 

(初出:「東京朝日新聞」, 1938年5月12日, 朝刊 岸田國士『暖流』)
※このページでは、原文通り、旧かな遣い・旧漢字で表記しています。
 詳細はこちら

 
 

2013年5月11日 (土)

【原文】第23話 青葉若葉(一)

 本郷千駄木の、電車通りから離れた靜かな一角に、大谷石を積みあげた塀が一丁も續いてゐる大きな邸がある。鐵柵の門の扉に盾の模様をあしらつた構へがちよつと見ると外國の公館そのままで、たゞ門番小屋から、車庫(ギヤレーヂ)の前を通つて内玄關の前へ來ると、檜造の母屋の一部が植込の蔭からのぞいて、格子戸のなかの履脱ぎには、白トカゲの女の草履が一足、キチンと揃へてある。

 葉の出そろつた朴の大木が、白い玉砂利の上にまばらな影をおとして、五月の微風は、青々と、匂ふやうであつた。

 啓子は今日の日曜を鎌倉山へも行かず、兄夫婦を送り出して、ひとり靜かに本でも讀もうと思つてゐると、嫂の三喜枝が、出がけに、兄と云ひ爭ひをして、たうとう自分の部屋へ引つ込んでしまつた。兄はめずらしく、啓子にも當りちらして、車を出させたのである。

 そのすぐあとのことである。

 二階のバルコニイで、啓子は、取り寄せたばかりの新刊の小説を讀み耽つてゐた。

 近頃、目立つて兄の機嫌がわるくなつた。その原因は、彼女にも察しがつくので、それはお小遣ひが以前ほど自由にならないところから來るのであつた。

 だが、かういふ一家の經済的變動も、啓子の身分では、まだそれほどの影響も受けず、洋服の注文をする時など、母の意向を訊いてみると、「まあ、それくらゐのもんなら」と云つて、造作なく承知してくれるので彼女の覺悟もつい鈍るといふ次第であつた。

 それに引かへて、嫂の三喜枝は、時々欲しいものが手に入らないと云つてこぼすやうになつてゐた。今日のどさくさも、もとはと云へば、彼女のおねだりが功を奏さなかつたことにあるらしい。

「あゝあ、着物きかへて損しちやつた……」

 あらはに、兩腕を高く、伸びをする格好で、三喜枝は、再びそこへ現れた。

「せつかくよくお似合になるのに……」

 その方は見ずに、啓子は、書物から眼をはなしたゞけである。

「もうぢき電話かけて寄越すわ。だつて、あたしが行かなけや、麻雀できやしないもの」

「あら、今日はゴルフぢやないの?」

「この恰好で……? 戯談よしてよ。町田さんとこ、ほら、お座敷でせう、洋服ぢや變なの、だから」

「あたしも、なんとかして遊びたいなあ」

 啓子は、思はず溜息をついた。

「だから、いつでも誘つてあげるのに、なんとかかんとか云つて斷るぢやないの?」

「えゝ、そりやさうだけど……やつぱり、なんかして遊びたいわ」

「さう云へば、啓ちやんは遊ばないのねえ。たまに映畫見に行くぐらゐぢやない?」

「たまにね、えゝ……。人と一緒に遊ぶつていふのが億劫なのか知ら……? 第一、わたし、不器用だから……」

「勝負嫌ひなのね」

「勝つのは好き、負けるのは嫌ひ」

「誰だつてさうよ。いゝから、ためしに、あたしたちの仲間入りしてごらんなさいよ。お友達もできるしさ」

「お友達なら、いくらだつてあるわ」

「悪友がないだけか。ほんと、あんたには、遊ばしてくれるお友達がないんだわ。みんな、あんたと一緒にゐるだけで退屈しないから……」

 

(初出:「東京朝日新聞」, 1938年5月11日, 朝刊 岸田國士『暖流』)
※このページでは、原文通り、旧かな遣い・旧漢字で表記しています。
 詳細はこちら

 
 

2013年5月10日 (金)

【原文】第22話 未知の世界(十三)

 日疋祐三は、眉をちよつと寄せたきり、黙つて相手を見つめてゐた。

 思ひがけない事件の発展に驚くといふよりも、この女がなんのために、今、自分の前でこんなに泣いてみせるのか、そのわけが呑み込めなかつた。

「なんて云つたつけね、その、君の友達つていふ女(ひと)は?」

「堤さんです……堤ひで子……」

 顔をそむけたまゝ、やつと涙を拭いた彼女は、心もち釣りあがつた切れの長い眼を、ちらと日疋に注いだ。

「で、堤君はどうして自殺する氣になつたの? 君はそれを知つてるんですね?」

「……」

「知つてるなら云ひたまへ!」

「それや、いろいろ複雑な氣持からだらうと思ひますわ。とにかく婦長さんから侮辱されたつて、それや口惜しがつて……。でも、そんなことは、今さう云つてもしやうがありませんわ。たゞ、あたくしの申上げたいことは、堤さんが潔白だつていふこと、婦長さんは何か誤解してらつしやるつてこつてすわ。二人は平生から仲がわるかつたんです。婦長さんは自分の氣に入らない看護婦には、それやひどいことをおつしやるんです。……」

「待ちたまへ。婦長の役目は、君たちを取締ることだらう。病院の規則を犯したものに叱言を云ふのは當り前だ。君は、その點で堤君を弁護する余地がありますか?」

「でも、男の患者と映畫を観に行つたことが、死に値する罪でせうか知ら?」

「馬鹿なことを云ふね、君は……。死に値すると誰が云つた?」

「結果はさうぢやございません? そこを考へていたゞきたいんです。あたくしたちは、もつと希望を與へられてもいゝと思ふんです。小さな過ちが眼の前を眞っ暗にしてしまふ、さういふことがあんまり多すぎるんです。この病院のなかで、どなたかゞ、それをちやんとわかつてゐて下さらなければ、あたくしたち、働いてゐる女たちは、不安で不安でしやうがございません……」

 石渡ぎんは、さう云つて、ほつれ毛を兩手で無造作にかきあげたそのまゝのかたちで、いつとき、ぢつとしてゐた。何かを思ひつめた女の、半ば自分を忘れたといふ風であつた。

 が、この時、日疋祐三は、この女の皮膚の透き通るやうな白さに氣がついた。彼は、その顔をのぞき込むやうに、からだを屈め、

「おい、君、さういふことをわざわざ僕に云ひに來たのかい? しかし、君の友達は、今、死にかけてゐるんだらう? どうして側についてゐてやらないんだ?」

 彼の探るやうな眼附をわざと避けるやうに、彼女は、聲を落して云つた。

「さうですわ。ほんたうはさうしたかつたんです。でも、堤さんはもう助からないことがわかりました。堤さんが苦しんでるのを最初に見つけたのがあたくしなんですの、先生がたが駈けつけて來て下すつた時は、もう遅かつたんですわ。それに、堤さんは、あたくしがここへ來てることは、きつと知つてますわ……」

 この最後のひと言は、謎のやうに日疋の胸に殘つた。

 

(初出:「東京朝日新聞」, 1938年5月10日, 朝刊 岸田國士『暖流』)
※このページでは、原文通り、旧かな遣い・旧漢字で表記しています。
 詳細はこちら

 
 

2013年5月 9日 (木)

【原文】第21話 未知の世界(十二)

「その連中は、で、今、あなたの部屋にゐるんですか」

 日疋は、「やれやれ、もうはじまつたか」といふ氣持で、糸田に訊ねた。

「いや、ひと先づ引取らせました。何か要求があれば、そいつを個條書にして來いと云つてやりました。なに、結局は、規則がやかまし過ぎるといふわけなんでせう。男の患者と一緒に外出するのがわるければ、同じ部屋に籠ぢ込めておくのはなほさら變ぢやないか、なんて、圖々しいことを吐かす奴もゐましたよ」

「どうも僕にはよく呑み込めないが、大體、その多勢でやつて來たといふのは、病院に對するいろんな不滿を云ひに來たのか、それとも、何かひとつの要求を通すために、別の難題を持ちかけるわけなのか……」

「そこがどうも私にもはつきりしませんのですが、とにかく、橋本さんが一看護婦に對して病院を出ろと云つたことが、みんなを激昂させたらしいですな」

「だつて、それや……」

婦長が遮らうとするのを、糸田は、

「いや、それを私が悪いといふんぢやない。あなたには十分、それを云はなけれやならなかつた理由はあるでせう。しかし、これは、主事さんなどもさうお考えになると思ふが、女が女の過失を云々するといふのは、どうもこりや、素直に受取られにくいんもんでしてな。そこに、なんと云ひますか、妙な感情がはさまるやうに、私には思へてならんのだが……」

 橋本婦長は両手を前に組み合わせて、ぢつと下を向いてゐる。

「よろしい。婦長さんに反抗したといふ、その本人を僕のところへ寄越して下さい。僕から解雇を云渡しますから……」

 日疋は、自分の部屋へはいるとソフアーの上で長々と伸びをした。

「一度看護婦を全部集めてお説教をしてやるからな」

 廣い講堂にずらりと並んだ白一色の彼女らの姿を想像し、彼はひとりでに微笑を浮かべた。が、考へてみれば、それらの顔のうちに、どれひとつ彼にとつて馴染のある顔といふものはなく、漠然と頭のうちに描かれた顔のひとつひとつが、ふと、さつき會つた志摩啓子に似て來るのがをかしかつた。

 もう昼に近いころだと思ひ、腕時計を見ると、まだ十時を少しまはつただけである。

 鞄へ入れてもつて來た債務關係の書類を引き出して眼を通しはじめた。

 すると、その時、廊下を走るけたゝましい跫音が聞え、やがて、扉(ドア)の外で何やら云ひ争ふ女の聲が、

「あんたは豫計なとこへ顔を出さなくたつていゝから、あつちへ行つてらしやい……」

「いゝえ、ほかの方では、お話がわからないんです。あたしは堤さんの代りに主事さんにお目にかかります……」

 日疋は、中から扉(ドア)をあけた。

 一人の若い看護婦が、引止めようとする婦長の手を振りはらつて日疋の後へ廻つた。

「僕に委せておおきなさい」

 彼はさう云つて、静かに、婦長の眼の前の扉(ドア)を閉めた。

「君かい、昨夜、患者と映畫を見に行つたつていふのは?」

「いゝえ、あたくしぢやございません。それは堤さんていふ方ですわ。あたくしの親友なんです。とてもいゝ方ですわ……。あ、あたくし、石渡ぎんと申します……」

「で、どういふわけで、その堤さんは來ないの?」

「だつて……たつた今、昇汞水(しょうこうすい)を……飲んで死にさうなんですもの」

 突つかゝるやうにさう云ふと、彼女はいきなり、ハンケチを眼に押しあて、眉をふるはせて泣きだした。

 

(初出:「東京朝日新聞」, 1938年5月9日, 朝刊 岸田國士『暖流』)
※このページでは、原文通り、旧かな遣い・旧漢字で表記しています。

2013年5月 8日 (水)

【原文】第20話 未知の世界(十一)

 日疋は、彼女の視線をまともに受けて、一歩後へさがると、黙つて頭をさげた。

「あら、ごめん遊ばせ……兄さまお一人かと思つて……」

啓子は、躊ふやうに會釋をして、更に兄の方に向ひ、

「まだ繃帯とつちやいけないんですつて……。こんなに長くかゝるなんて變だわ。笹島さんんつてば、針に黴菌がついてたのかも知れないつておつしやるのよ。なんだか、心配になつて來たわ」

「知らんよ、僕は、そんなことは……。指一本ぐらゐどうなつたつていゝぢやないか」

泰彦は、妹をからかふやうに云つた。

「どうなすつたんです、ケイ子さん……」

 と、日疋は、やつとこの時、五六年前に見た彼女の面影を頭に浮かべ、耳で聞いたゞけではあるが、その名前がふと口に出た。

「は? いえ、ちよつとミシンの針を刺したゞけなんですの。ぼんやりでせう」

 啓子は、別に相手が誰だといふことを氣にもとめぬらしく、極めてあつさりさう答へて、眼元で笑つた。愛嬌といふよりも寧ろ嗜みといふ感じの表情で、彼は二の句がつげず、肚の中で「畜生――」と唸つた。

 が、彼女の方は、兄がこの男を改めて紹介するだらうと、いつ時立ち去るのを躊躇してゐたが、その様子もみえないので、

「ぢや、六時きつかりね、迎ひに來て下さるわね、遅れちやいやあよ」

 だんだんにからだを引きながら念を押すやうに云って、最後に、日疋の方へ、

「お邪魔いたしました」

 と、今度は前よりも他處々々しくヴエールの下でぱつと見開かれた眼がたゞ朝空のやうに爽やかな印象を與へたゞけであつた。

「何れ、詳しいご相談はお宅へ伺つてすることにします。それはさうと、病院つていふもんは、なかなか厄介なもんですね。こいつが商賣になるところに、不思議なからくりがあるんだと思ふが、僕は、志摩家の名誉のために、そのからくりを合理化してみようと思ふんです。先づ人事の問題から始めなければなりません。黙つて見てゝ下さい」

 さう云ひ捨てゝ、彼が部屋を出ると、事務長の糸田が婦長の橋本と一緒に、慌たゞしく駆け寄つて來て彼を呼び止め、

「日疋さん、どうしたもんでせう、看護婦の一部から穏かならんことを申出てゐるんですが……」

と、糸田が先づ口を切つた。

「さきほどちよつと申上げました、あの件について、早速本人を読んで説諭いたしたところ、いろいろ理屈を並べて反抗して來るんでございます。あたくし、これぢや見込がないと思ひまして、そんなら病院をやめたらどうかと申しましたんです」

 婦長は唇をふるはせながら云つた。

「すると?」

 糸田が、かうしてはゐられないといふやうに先を促す。

「すると、そのまゝ出て行つたと思ふと、しばらくして、ほかのもの十人ばかりを連れて、事務長さんのところへ押しかけたらしうございます」

「えゝ、押しかけて來ましてね、てんでに病院の悪口、それも看護婦なんかに關係のないやうな、いやまあ、生意氣千萬なことを喚き立てる始末です」

 

(初出:「東京朝日新聞」, 1938年5月8日, 朝刊 岸田國士『暖流』)
※このページでは、原文通り、旧かな遣い・旧漢字で表記しています。
 詳細はこちら

 
 

2013年5月 7日 (火)

【原文】第19話 未知の世界(十)

  泰彦はソフアーに埋まり、腕組みをしてゐた。強いて冷静を装はうとする風がみえる。が、さういふ内心の争闘に馴れない證據には、顔面の筋肉が硬直して、薄い口髭がギコチなくふるへてゐた。

「院長からは全然さういふお話はなかつたんですか」

と、日疋は、いくぶん親しみを籠めて云つた。

「いや、全然聞かないわけぢやなかつた。しかし、君のいふやうに、今すぐどうなるといふ風には聞いてゐない。僕にだつて用意があるからねえ。程度如何によつては、現在の生活を根本から變えてかゝらなけりやならんのだから……」

「それを僕からも云ひたいんです。まだ全體のことがよく頭にはひつてゐませんから、どこをどうするといふ案は細かく立つてはゐません。しかし、この病院の經済だけは、健全なものにしておく必要があります。會計を調べたところによると、用途不明の金が直接お手許に行つてゐるやうですが……」

「用途不明といふことはないさ。いちいちおやぢの許しを得てるんだから……」

「院長のですか、それなら結構です。ところで、今後は、院長ではなく、僕の承認を得てといふことにしていたゞきたいんです。何れ、經費の點は鎌倉の方と、ご本宅の方と、別々に預算を組んでそれぞれご相談をすることにします。大體の見當では、これまでの約十分の一に切りつめていたゞくつもりです」

「十分の一といふと……?」

「年額、兩方を合わせて一萬五千圓以下……」

「僕の小遣にも足らんね、それぢや……」

「そんなことを云つてる場合ぢやありませんから……」

「へえ、さういふ計算がどこから出て來るのか、僕にはわからないんだ。それぢや、まるで乞食の生活ぢやないか」

「乞食の生活がどんなもんか、あなたはご存じですか?」

 思はず蔑むやうな調子になるのを、日疋は、ぢつとおさへて、

「おわかりにならなければ、いくらでも説明します。とにかく数字をごらん下さい。今のまゝでは、こゝ一年、いや、半年を過ぎないうちに、志摩家は破産の宣告を受けるでせう」

 破産といふ言葉で、泰彦は、にやりと笑つた。糞度胸をきめたのかと云へば、決してさうではなく、相手のおどしを軽くあしらふつもりであつた。

「君はたいへん志摩家のことを考へてゐて下さるやうだが、僕と君とは、なるほど、二三度以前に會つたことがあるだけで話もろくにしてゐないし、いきなり、今、僕の眼の前で、さういふ口の利き方をされても、どこまで信用していいのか、こりやちよつと迷ふからね。そりや、おやぢが馬鹿に惚れ込んでるといふ話は聞いた。だからつて、僕が君の云ふなりになるとは限らんからね。さう、高飛車に出る手は、近頃流行らないよ」

 この啖呵は、日疋の眼には、他愛ない少年の拗ね方に似てゐた。

「はゝゝゝ別に高飛車に出るつもりもなかつたんですが、言葉がつい荒くなつたことは僕も認めます、喧嘩はよしませう。とにかく、僕は、志摩家のために、献身的に働くつもりですから、どうか働きいいやうにして下さい。それに……」

 と彼が云ひかけた時、ノツクといつしよに扉(ドア)があいて、

「ぢや、お兄さま、あたし、お先へ失禮してよ」

 半身をのぞかせながら聲をかけたのは、かすかに見覺えのある若い女であつた。

 

(初出:「東京朝日新聞」, 1938年5月7日, 朝刊 岸田國士『暖流』)
※このページでは、原文通り、旧かな遣い・旧漢字で表記しています。
 詳細はこちら

 
 

2013年5月 6日 (月)

【原文】第18話 未知の世界(九)

 突然、荒々しく扉(ドア)を叩くものがある。

 日疋祐三は、それと察して、席を起つた。

 見かけは瀟洒たる青年紳士で、以下にも洋行歸りのドクトルといふ押し出しもあり、いくぶん神経質らしい額を除いては、健康と贅澤に満ちた風貌の持主が、手を後ろを組んだまゝ、のつそりはひつて來た。

「やあ、しばらく……。僕、泰彦です。こんどは病院のことで、お骨折りを願ふさうで……」

 挨拶は挨拶だが、明かに敵意を含んだ語調である。

「これはどうもわざわざ……。一度お宅の方へ伺ふつもりでゐましたが、つひ馴れない仕事に追ひまくられて、失禮してゐます。今度院長から病院の管理を仰せつかりました。全責任を負へといふ命令です。及ばずながら、努力してみるつもりです」

 泰彦は、部屋の中をぶらゝ歩きまはつてゐる。

「父からどういふ風にお願ひしたか知らんが、この病院は、われわれ志摩一家のものが、うちの病院と呼んでゐる通り、これは決して他人のあなたが自由になるやうな性質のもんぢやない。僕は志摩家の相續者として、かつ、醫者たることの義務上、この病院の管理について、若干の意見をもつてゐる。それをあなたに承知しておいてもらひたいと思ふんだ」

 あなたがあアたと聞こえる例の貴族的な発音が耳ざはりであつた。

「もちろん、ご意見は参考のために承ります。あなたがそれほどこの病院の仕事に關心をおもちになつてゐることがわかれば、僕としても非常に氣丈夫です。率直に云ひますが院長はあなたを當てにしてはをられません。恐らく、眞意が通じてゐないものと思はれます。僕は単に、この病院の管理を委されただけではないんです。志摩家の財産全般――この點は、まだご承知ないかも知れませんが――志摩家の財政は文字通り危機に瀕してゐる、それをなんとか切り抜ける方法について、僕は今研究中なんです。いづれ具體案を得次第、整理に着手します。序にお含みおき下さい」

 これを聞きながら、泰彦は、そつと立ちどまつた。と、急に、日疋の方へ歩み寄り、

「君、それや、ほんとですか? だつて、さういふ話はおやぢから一度も聞いたころはない。誰からも聞いたことはない。自分の家の財政が苦しいなんていふことは、一番に僕が感づくわけなんだ。おやぢは、僕が請求するだけの金を毎月寄越してるんだぜ」

「さうでせう。だから來月から、僕が出さないやうにしますよ」

 さう云ひ終るのを待たず、泰彦は顔色を變えて部屋を飛び出した。

 その狼狽ぶりは、誠にみぢめであつたが、少し藥が利きすぎて、何を何處で喋らぬとも限らぬ様子がみえたので、日疋祐三は、ひとまづ彼を落ちつかせる必要を感じ、その後からついて行つた。

 院長室のなかへ姿を消した泰彦を、再びつかまへることは容易であつた。

「どうしました? そんなに驚くことはないぢやありませんか。もつと順序を立てゝ、詳しくお話すればよかつたんだが、あなたの鼻息があんまり荒いもんだから、對抗上、僕も咄嗟に、自分の立場を守つたゞけです。病院は病院として、志摩家の財政問題は、將來、あなたにも考へていたゞいて、ひとつ、無理のないやうにしませう」

 

(初出:「東京朝日新聞」, 1938年5月6日, 朝刊 岸田國士『暖流』)
※このページでは、原文通り、旧かな遣い・旧漢字で表記しています。
 詳細はこちら

 
 

2013年5月 5日 (日)

【原文】第17話 未知の世界(八)

 昼近く、糸田事務長が頭を掻きながらやつて來た。

「どうも弱りました。今朝、出がけに、本宅の方からお召しがありましてね、若先生から根掘り葉掘り、ご訊問です。いや、これにはまつたく……」

「なんです、訊問とは?」

 彼には、まるで見當がつかない。

「はゝゝ、あなたのことですよ。なんのために主事といふやうなものが必要なのか、と、まあかうなんです。院長がお見えにならんから、事務の代行をなさるんだつて申上げますとね、そんな事務ならおれが執ると、えらいご剣幕です。しかし、院長先生のお考へできまつたことですからと、わたしは逃げましたよ。するとね、今度はどうでせう、それはお前がだらしがないからだ、事務長の上に主事がゐて、お前の仕事はいつたいどうなるんだと、これやまあ、一應、誰でも首をひねるところですがね……」

「ちよつと待ちたまへ。誰でも首をひねりますかねえ?」

日疋祐三は聞きとがめた。

 糸田事務長は、眼をぱちくりさせ、

「いやいや、事情のわからんものはです。と云ひますのが、若先生は、やはりその、病院のことについては、ご自分にいろいろ意見がおありでしてな」

「へえ、どんな意見だらう? 早速伺ひたいもんだな」

「今日、こちらへお見えになる筈です」

「いや、僕の方から出かけませう。都合を訊いてみて下さい」

「それやまあ、どちらでも結構ですが、只今私の申し上げたことは、ひとつ、御内密に……」

 本宅へ電話をかけると、もう若先生はお出ましになつたといふ返事である。

 が、それきり、日疋祐三は目の前の仕事に追はれて泰彦のことをつい忘れてしまつてゐると、やがて糸田がまたやつて來て、

「院長室までちよつと……若先生がお目にかゝりたいとおつしやいますから……」

 と云つた。

「この病院のなかでは、僕を呼びつける権利のあるものは一人もゐない筈だ。さう云つてください」

「はあ……。しかし……」

「しかしも糞もないでせう? 自宅なら僕の方から出向いてもよろしい。勤務先では一醫局員としての資格でお話し願ひたい。御用があれば、こゝでお目にかゝりませう」

 糸田は後ずさりをしながら出て行つた。

 院長の志摩博士が、息子のことについて彼に一言漏らした言葉は、かうであつた。

「泰彦は醫者としては將來見込みはないと思ふ。若し學位でも取つてゐれば、副院長といふ名義にしておいてもいゝが、それにしても、こいつは實力の問題でね、ほかの醫者がをさまらんやうでは困る。なにしろ、呑氣坊で、君の相談相手にはならんよ」

 

(初出:「東京朝日新聞」, 1938年5月5日, 朝刊 岸田國士『暖流』)
※このページでは、原文通り、旧かな遣い・旧漢字で表記しています。
 詳細はこちら

 
 

2013年5月 4日 (土)

【原文】第16話 未知の世界(七)

「なるほど、男の患者と一緒に外出するとは規則違反なんですね。で、それを罰する方法はきまつてゐないんですか?」

「はあ、別に……」

「今迄、それに類したやうなことはないんですか?」

「ございましても、これといふ證據があがりませんもんですから……」

「ぢや、今後を誡めておけばいゝでせう」

「いえ、そんなことでは、とても改まりつこはございません」

「ほう、すると、どんな程度に?」

「あたくしにはわかりませんですが、風紀の問題は、よほどやかましくいたしませんと……」

「同感です。では、思ひきつて首にしませうか? どんな女(ひと)です、平生は?」

「あまりよろしい方ぢやございませんのです。なにかにつけてほかのものを煽動するやうなところもございますし……」

「ひとつ、事務長とも相談して、なんとか處置をしませう。あなたは失禮だが、獨身ですか?」

「はあ……どうしてゞございます?」

「どうしてといふわけもないが、ちよつと伺つておくだけです」

 強い近眼に特有の、あの瞳の据えた方で、彼をぢつと見た彼女は、決して醜い方ではなく、白粉氣のちつともない、引きしまつた顔だちの、ちよつと佛像を想はせるやうな印象が彼の好奇心を惹いた。

「あなたは、橋本さんとおつしやいましたね」

「さやうでございます、橋本順子と申します」

「まあ、おかけなさい。病院のことをいろゝ伺ひたいから……。どうです、看護婦さんたちは、大體満足して働いてるやうですか?」

「あたくしは、満足して働いてをります。看護婦つていふものは、いつたいに、不平家が多うございまして……」

「おや、なぜでせう?」

「上の學校へ行きたくつて行けなかつたつていふものが多いせゐぢやございませんか知ら?」

「家庭の事情でね。つまり、野心勃々たる連中が多いわけですな」

「小學校の成績なんか、わりにいいものがなるやうでございます。僻んだり、捨鉢になつたりしなければよろしいんですけれど……」

「若いお醫者さんと一緒に仕事をしてゐて、そんなに間違ひはないもんですか?」

「さあ、世間ではさういふ風にごらんになるやうですけれど、あたくしの經験では……」

「いや、あなたの經験を伺つてるんぢやありませんよ、一般のことを知りたいんです」

「えゝ、それが、一般に、そんなもんぢやないと、あたくしは思ふんですけれど……。お醫者さまの裏表をすつかり見てしまふと、あんまり興味がもてないいぢやございませんか知ら……」

「ふん、さういふこともわかりますね。しかし、かういふ病院なんかではどうなんです、或る先生が、ある看護婦さんを特別に可愛がるつていふやうな問題は? 現にさういふ事實があるか知らないけれど、あつたとしたら、相當うるさいでせうね」

「ご想像に委せますわ」

 意味ありげな笑ひを浮かべて、彼女は横を向いた。

 

(初出:「東京朝日新聞」, 1938年5月4日, 朝刊 岸田國士『暖流』)
※このページでは、原文通り、旧かな遣い・旧漢字で表記しています。
 詳細はこちら

 
 

2013年5月 3日 (金)

【原文】第15話 未知の世界(六)

 病院はまだひつそりとしてゐた。

 下足番の退屈さうな顔が、彼を見あげたゞけで、別にこれといふ敬意も拂わず、こつちが差出す足へ、形式的にカヴァーをかぶせ、ひとつ不景氣な嚔をした。

 事務室も藥局も窓が閉まつてゐる。

「お早うございます」

 入院係の女事務員が黒い上つ張りに袖を通しながら腰をかゞめた。

「お早う。糸田君はもう來てゐますか?」

「さあ、まだでせうと思ひますが……」

「來たらすぐに僕の部屋に來るやうに云つてくれたまへ」

 彼は昨夜のうちに待合室のひとつを模様がへさせて、ともかく主事専用の部屋にした。
 玄關の突き當りが事務室、その左手が扉で事務長室に續いてゐ、事務室の右が藥局で、その隣がさうなのである。

 彼は眞新しいデスクの前に坐つて、女給仕の差出す茶を啜った。

 ――さあ、なにから手をつけてやらうか?

 病院の經済状態は案外惡くないのだから、こいつを志摩一家の財政から切り離すことが急務だと、彼は考へた。

 志摩家の財産は、動産不動産と合して約二百五十萬と見積もれば、借金の額とほゞ同額になる。北海道と静岡に相當の土地があり、本宅の外に別荘だけでも五ケ所に持つてゐて、それが何れも二番三番の抵當にはひつたまゝ、利息も最近ではろくに拂つてないといふ有様を知つて、彼もちよつと辟易したが、志摩泰英といふ名前がまだ物を言ふうちは、いくらか芝居が打てはしまいかと、あつさりこの難事業を引受けてしまつたのである。

 なにしろ、病院からあがる収入は、この二三年、多少減じ氣味ではあるが、それでもなほ昨年末の計算では、一年に九萬圓を下らないといふ成績である。東京屈指の大病院として、まだ堂々たる貫禄を示してゐると云はねばならぬ。

 が、こゝにひとつ、警戒すべき現象が起りつつあることを、院長は自らそれとなく語りもしたが、また、事務長の言葉のはしばしでも察することができた。

 それはつまり、志摩博士の診察時間といふのがなくなつてから、内科の患者数が徐々に少くなる傾向を示し、これに反して、皮膚科の評判が俄然高まり、都留博士の人氣は、今や、他の部門の存在を掻き消すばかりになつて來たことである。そのために、皮膚科全體の鼻息が荒く、若い醫者までが肩で風を切つて歩くといふ風が見え、内科などは、博士の顔が五人も揃つてゐながら、何れも腐りきつて、責任のなすひ合ひを始める始末に、部長の金谷博士も、この體面をなんとか取り繕はねばならぬところから、頻に暗躍をはじめたといふ噂は事實らしい。

 かういふ消息について、日疋祐三は、もつと深いところに触れたかつた。

 扉(ドア)をノツクするものがある。

「はい」

 と、彼は、生れてはじめてのやうな返事をした。

 はひつて來たのは、昨日たしかに紹介された看護婦長である。

「事務長さんがまだお見えになりませんので、失禮とは存じましたが、直接伺ひます」

「なんですか、ご用は?」

「實は、附添ひの看護婦で、ひとり、昨晩、男の患者さんと一緒に映畫を観に行つたものがございますんが、これは病院の規則で厳重に禁止してございますんです。今まで、こんなことは一度もなかつたもんでございますから、どういたしたらよろしいか、お指圖を仰ぎたいと存じまして……」

 

(初出:「東京朝日新聞」, 1938年5月3日, 朝刊 岸田國士『暖流』)
※このページでは、原文通り、旧かな遣い・旧漢字で表記しています。
 詳細はこちら

 
 

2013年5月 2日 (木)

【原文】第14話 未知の世界(五)

 翌朝、父の俊六は彼に訊ねた。

「どうだい、病院といふやつは? 見込みがあるかい?」

「なかなか面白いもんですよ。腹を据ゑなくつちや駄目ですね。相手は病人かと思つたら、實は、醫者ですよ。こいつ、首つ玉を押へてかゝからないと仕事になりませんよ」

 祐三はずばりと云つた。

「しかし、お醫者は、普通のサラリマンを扱ふやうには行くまい?」

 兄の計太郎は、この時、重い口を開いた。

「どうしてゞすか? おんなじでせう。つまり、職業として徹底しない一面をもつてるだけですよ。當人たちはそこが強味だと思ひ込んでる。ところが、こつちに云はせると、そこがつけ目ですよ。會社にゐる技師なんかも共通なところをもつてますが、子供みたいな自負心が、結局、先生たちを商賣人と太刀打ちのできない人間にしてますよ」

 さういふ彼を、驚いたといふ風に見直して、

「おい、おい、君はそれで、いつぱし商賣人のつもりかい? 台灣製薬の専務つていふ將來の椅子を恩義のために棒に振る男が、いつたい、算盤を云々する資格があるかねえ」

「はゝ、それやまた別ですよ。明日から食へなくなることがわかつていながら、上役の皮肉ぐらゐに癇癪を起して、インキ壺を投げつける豪傑もゐるんだからなあ。兄さん、もう役所勤めは諦めて、商賣の方へ轉向しませんか? 僕がやめたあとならいゝでせう、台灣製薬でも……?」

「いやだよ。病院の事務員なんか、なほさらごめんだ」

「誰も、そんなこと云つてやしないぢやありませんか」

「いゝや、それや、わしが云つたんぢや、病院の事務の方に何か口がありやせんかつて……」

 父が獨り言のやうに答へた。

「祐さん、誰がなんて云つたつて駄目なのよ、この人は……。やつぱり内務省が好きなのよ。世界で一番立派なお役所だと思つてるんですもの」

 嫂の眞砂子は、夫の胸の底を容赦なく暴いて、淋しく微笑んだ。

「そりや、地方行政といふもんは、云ふに云はれん面白味のあるもんぢや」

 嘗ての縣書記官は、憮然として呟いた。

 やがて、祐三は、席を起つて洋服に着かへた。嫂は甲斐々々しくそれを手傳つた。

「いゝですよ、嫂さん、ほつといて下さいよ。だが、惡くはないな、そばからかうしてつぎゝに取つてもらふのは……。これだつて、上手下手はあるでせう、どこの細君も嫂さんなみといふわけにやいかんでせう?」

「あら、あたしそんなに上手かしら……? 兄さんには、毎朝一度ずつ怒鳴られるわ」

「兄貴の怒鳴るのは癖ですよ。ねえ、兄さん、覺えてる? 小學校を卒業する時だつたかなあ、ほら、式があつてさ、担任の先生が優等の名前を呼んだでせう。兄さんの名前を呼ぶかと思つたら、たうたう呼ばなかつたね、そしたら、變な時に、兄さんが、『ウオーツ』つて怒鳴つたぢやないか。はゝゝゝ、びつくりしたよ、僕あ……」

「さうさう、聞いた、聞いた、その話は……」

 母のよね子が、玄關で靴の埃を拂ひながら、頓狂な聲を立てた。

 

(初出:「東京朝日新聞」, 1938年5月2日, 朝刊 岸田國士『暖流』)
※このページでは、原文通り、旧かな遣い・旧漢字で表記しています。
 詳細はこちら

 
 

2013年5月 1日 (水)

【原文】第13話 未知の世界(四)

 そこで、彼は、更に言葉をついだ。

「が、私は、やゝ向ふ見ずなところがあり、殊に、妥協を好みません。自分に興へられた職権は、良心をもつて斷行いたします。専ら經済的見地から、商品の價値を定めます。この種の病院は神の住居でも惡魔の出店でもないと信じてをります。では、みなさんのご協力を切に望みます」

 云ひ終ると、彼は、風のやうに引きあげた。

 一つ時、騒然とした醫局内は、外科部長田所博士の破れるやうな哄笑のあとで、再び鎮まり返つた。

「どういふんだ、あれや……」

「けだし、珍なる人物ぢやね」

「世は獨裁者時代さ」

「神とか惡魔とか、皮肉のつもりかい?」

「年はあれで、いくつかね?」

 つぎつぎにそんな言葉は湧きあがるだけである。

 部長の面々は額を集めて、なにやら囁き合つてゐる。

 と、そこへ、めいめいの注文で弁當が運ばれて來た。

 日疋祐三は、事務長室で糸田と向ひ合つて、二十五銭のライスカレーを食つた。

「お部屋をひとつきめたいのですが、何處にいたしませうかな。今、患者の待合室が一つ明けられると思ふんですが、あとでごらん下さい。廣くはありませんが、東向きで日當たりはよろしいやうです」

「院長の部屋といふのはないんですか……」

「それが、ご子息が洋行からお歸りになりましてから、その部屋をお使ひになりますもんで……。三日に一度ぐらゐは見えますですよ」

「へえ、來て何をするんです?」

「額を買つて來て方々へお掛けさせになつたり、病室へ花をお配らせになつたり、この間は、庭へ噴水を作るとおつしやつて、技師をお連れになりました。それから、あ、さきほど看護婦の娯樂室をお目にかけませんでしたな、これは大したもんですよ。割引をして四百圓といふ電氣蓄音機を備へつけ、ピンポン台と本棚をご自分で注文なさるといふご熱心さです。外國の流行雑誌は殘らず揃つてゐるさうで……」

「流行雑誌? 看護婦さんたちに?」

「いや、若奥様がおごらんになつた後を、こちらへ寄贈していたゞきますから……」

 日疋は、近年まつたく顔を合せたことのない、泰彦の坊つちやん振りを想像することができた。そして、心の中で、これにも一度是非挨拶をしておかねばならぬと考へた。

 その日は、夜の十時頃まで居殘り、寢静まつた病院のなかを、あちこちと歩きまはつた。

 寢間着の裾をはだけて廊下を往き來する輕症患者の姿は却て陰惨であつた。時々、絶え入るやうな咳が聞こえたり、女の忍び泣く聲が何處からか漏れて來ることがある。彼は、はつと耳をすます。

 風が出てうすら寒い街を、彼はやがて、懐しげに、ぶらぶらと歩くのである。

 家へ歸りつくと、嫂の眞砂子がまだ起きてゐた。

「みんなお先へやすみましたわ」

「どうぞ、どうぞ……」

 風呂を浴びたいが、錢湯へ出掛ける氣にならず、彼は、流しで顔を洗つて、寢床へもぐり込んだ。

 父が隣の部屋で眼をさましたらしい。

「遅いのう」

「明日お話しますよ、いろいろ……」

 こんどは母の聲で、

「いまなん時やろ?」

 

(初出:「東京朝日新聞」, 1938年5月1日, 朝刊 岸田國士『暖流』)
※このページでは、原文通り、旧かな遣い・旧漢字で表記しています。
 詳細はこちら

 
 

« 2013年4月 | トップページ | 2014年4月 »