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2013年4月25日 (木)

【原文】第7話 志摩家の人々(七)

「お父さま、なにか心配ごとがおありになるんぢやない?」

 啓子はおそるおそる訊ねた。

「そんな顔をしてるかい? お前の眼がどうかしてるんだ。眩しいから、あの窓のカーテンを引いてくれ」

 西日の差込んでゐる小窓を頤でさす父の顔はもう笑つてはゐなかつた。

「指をどうしたんだ」

「うゝん、ちよつと針でつつ突いただけよ。それより、お父さまのご病氣、近頃はどうなの? なんにもおつしやらないから、いゝんだかわるいんだか、さつぱりわからないぢやないの?」

 カーテンを閉めをはると、啓子は、さう云ひながら、父の傍らに腰をおろした。

「病氣の經過なんていふものは素人に話したつてわかりやせんよ。氣分がいゝとか悪いとかは、これは必ずしも病氣と直接の關係はないんだからね。苦しみながら何時までも生きてる奴がゐるし、死ぬ前まで平氣でゐるのもあるし、どつちみち、病氣なんてものは、ひとりでになほればなほるんだ」

「あら、それぢやお醫者さんの必嬰ないぢやないの。ご自分がお醫者のくせにあんなことおつしやつて……」

「おい、それより、お前もそろそろ嫁に行かんか」

 この話は、これで二度目である。一度は母のゐるところで、豫てしめし合わせてあつたらしく、先づ父から切り出したのであつた。その時は、たゞ、「もう少しいろんなことを勉強して」と、たゞそれだけを口實にきつぱり断つたのである。相手はなんでも陸軍大将の息子とかで、大會社の外國支店詰をしてゐる青年であつた。

「お嫁につて、どこへ?」

「どこでもいゝ、適當なところへさ。候補者はいくらでもあるぞ。うん、お前にその氣があるなら、お母さんを此處へ呼んで一緒に相談しよう」

 母の瀧子は、はいつて來ると、二人の顔を見比べながら、

「なんだ、啓子さん、あんたここにゐたの? どこへ行つたのかと思つた。お呼びにならなかつた?」

「呼んだよ。啓子がお嫁に行くつていふから……」

「まあ、うそばつかり……お嫁に行くなんて云やしないわ。お父さまが行かないかつておつしやつただけぢやないの」

「さうしたら、何處へつて訊いたぢやないか。相手次第では行くつてことだ」

「あら、それだけのお話? それで、あたくしのご用は?」

 と瀧子も、夫のご機嫌につり込まれて、膝を乗り出すやうに椅子を引き寄せた。

 地味なつくりではあるが、これで夫の泰英とは二十違ひの四十五、もちろん後添へとして、長女啓子を産んだ時は、先妻の残した長男の泰彦は、もう小學校を卒業する眞際であつた。夫の、どちらかといへば事業家肌の、内外ともに派手に振舞ふたちにも拘らず、彼女は、人並すぐれた才氣をもちながら、主義として慎ましく家庭を守りつゞけ、その意味で、まつたく世間を見ずにしまつたといふところのある女であつた。

「だからさ、君はそこにゐて二人の話を聴いてゐ給へ。あとで證人がいるかも知れんからな」

 泰英は、いつになく、はしやいでゐる。

 

(初出:「東京朝日新聞」, 1938年4月25日, 朝刊 岸田國士『暖流』)
※このページでは、原文通り、旧かな遣い・旧漢字で表記しています。
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